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緑仙峡からさらに上流、緑川源流付近に広がる雄大な風景。手つかずの自然が素晴らしい。
(撮影 2004.11月)

旧緑川小学校の校舎を利用した宿泊施設「清流館」は文字通り、緑川の清流のそばに位置する研修施設。大勢の子どもたちが山村体験に訪れる。

深い山々に囲まれ、穏やかに流れる緑川。あたりには文字通り、緑色をした風が吹いている。新しい季節に勢いを増す木々や草、そしてかすかな土の匂いが混じったあたたかい風が、心のなかのどんよりとした雲までさらっていった。まるで催眠術にかけられたように、意識の縁が次第に曖昧になっていく。誰がつけたのか知らないけれど、緑川には本当に"緑川"という名前がぴったりだ。そういえば川の名前というのは、どこで、どのようにして決められるのだろう。たいていの川は、その地域ごとに別の呼び名があるけれど、緑川はいくつの愛称を持っているだろう…。そんな他愛ないことをつらつら考えてしまうくらい、川面を静かに揺らす緑の風はつまり、"癒やし系"である。流域の町や村はどこも市町村合併で大忙しの様子。国道脇には新しい町の誕生を祝う看板が目立ち、完成したばかりの新庁舎が誇らしげな佇まいを見せる。けれども、この川にとっては、そんな世間の慌ただしさも、それこそどこ吹く風といった感じで、ただただ移りゆく季節の中に身を置くだけだ。

ダムを起点に東側、いわゆる上流域には、どこまで行ってものどかな田園地帯が広がっている。川とほぼ並走する国道218号線は周辺の町をつなぐ幹線道路であり、快適なドライブルートでもある。田んぼと畑ばかりが続く中、趣のある古い石橋に出会えたり、ゴツゴツとした奇岩がそびえる勇壮な自然の姿を目にしたり、不思議な形をした木や花を発見できるおかげで、田園風景に車を走らせていても、まったく退屈することはない。

 

清流館前の広場(元の運動場)では、元気よく遊ぶ子どもたちの姿も。

緑川上流域にある緑仙峡には、渓流釣りを楽しめるフィッシングパークがある。

人形とは思えない絶妙な動きに心奪われる清和文楽。昭和54年には清和文楽人形芝居保存会が熊本県無形文化財の指定を受けた。

人形芝居を盛り上げる演奏も、舞台には欠かせない要素のひとつ。

イベントや公演日程の問い合わせは清和文楽館0967-82-3001まで。

緑川流域には、九州を代表する個性的な観光スポットが豊富に用意されている。日本の石の文化を象徴する見事な芸術作品として知られる石橋群。約150年前から旧清和村民に親しまれ、観光客にも人形芝居を披露している清和文楽。豊かな自然美を象徴する数々の滝や渓谷と、それらを身近に感じられるキャンプ場、自然公園、天文台。

中でも興味をひくのはやはり、旧清和村(現山都町)ならではの農村文化として伝わる清和文楽だろう。この人形芝居は江戸末期、村人たちが農作業の合間に浄瑠璃の技術を習得したのがそもそもの始まりだそうだ。その後、芝居は農民たちの娯楽として欠かせないものとなり、日々の生活への感謝や豊作の願いをこめて、神社の境内や田畑に設けられた舞台で上演された。平成4年に開館した清和文楽館では、現在でも、農業を営む十数人のメンバーで組織された文楽保存会による芝居を定期的に楽しむことができる。

魂を得た人形たちの動きや表情は、実に秀逸で美しい。コンピュータとかテクノロジーとか、そんなものとは無縁の時代ならではの豊かさを感じる、素晴らしい伝統芸能だ。

さて、源流にほど近いところまで緑川を遡ると、周囲は次第にダイナミックな自然を見せつける風景へと変わっていった。

勢いよく下流へと注ぐ水はところどころでゴツゴツとした巨岩にその流れを遮られ、大きな水しぶきを上げている。猿や鹿、いのししなども生息するというこの一帯は、まさに秘境というイメージがぴったり。人の手にかからないと、自然はここまで輝くものなのだ。

紅葉で知られる緑仙峡も、今はまだ、冬の名残の透き通るような空気に包まれたまま。時々森の間から聞こえてくるキュンキュンという小さな音は、何かの動物の鳴き声だろうか。淡い緑色の新芽をいっぱいつけて川縁を覆う木々は、緑の楽園を大急ぎで準備している。

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